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2007年06月 アーカイブ

2007年06月01日

コラム「どうなる?今後のゲーム業界!その1」

現在、ゲーム業界では3つの再編が進んでいる。
これから、このテーマを3回のコラムに分けて綴っていきたい。

1番目の再編はゲームをプレイする上で欠かせないハードウェアの再編だ。
5年~10年前からのユーザーであれば既に気づいておられると思うが、ファミ通や電撃プレイステーションなどの雑誌やウェブサイトの売上ランキングを見れば明らかだ。

5年前であれば、上位は常にソニー社製の「PlayStation 2」のタイトルが独占し、それに任天堂などのハードのタイトルや携帯ゲーム機のタイトルが続くというのが定番であった。

ところが、現在では携帯ゲーム機である「ニンテンドー DS」のタイトルが上位を独占、それにかろうじて「PlayStation 2」のタイトルが食い込むという状況になっている。

ハードメーカーの立場が逆転したとも取れるが、実際のところ、腰を据えて長時間プレイしなくてはならない据置き機から短時間で手軽にプレイ可能な携帯ゲーム機にユーザーニーズが移行したととらえる方が自然である。

ソフトメーカーも携帯ゲーム機向けタイトルを増やしており、もうしばらく携帯ゲーム機向けのタイトルが売上ランキングの上位を独占する日は続きそうだ。

ただ、このユーザーニーズの変化が長期的なものかと問われれば、疑問点が存在することも確かである。

ハードウェアメーカーにとって今の時期は丁度、次世代機への移行時期であり、旧世代据置き機の市場規模が最も縮小する時期でもある。
その間隙を突いていち早く次世代携帯ゲーム機である「ニンテンドーDS」と「PSP」が相次いで発売されたと言える。

現在、据置き機では「PlayStation 2」「Wii」「Xbox360」と3台の次世代機が発売されているが、これらが今後どの程度市場シェアを拡げていくかが大きなカギであろうと思われる。

(2006/12/03)tank

PLAYSTATION 3(20GB)

Wii

Xbox 360(通常版)

2007年06月05日

コラム「どうなる?今後のゲーム業界!その2」

2番目の再編はソフトメーカーの再編だ。現在、ソフトメーカー、特に中小規模のメーカーは非常に難しい立場に立たされている。
理由は1番目に挙げた「携帯ゲーム機主導の市場」と「次世代ゲーム機の発売」である。

ゲーム市場の主導権が携帯ゲーム機になったからと言って、ソフトの販売本数がどんと増えるわけではない。
実の所、土俵が変わっただけでソフトの販売本数自体はそれほど変わらないのである。
ましてや、これまで携帯ゲーム機のタイトルをほとんど発売してこなかったメーカーのタイトルは据置き機での販売本数よりも減少する傾向さえある。

携帯ゲーム機向けのソフトは開発費を安く抑えられるじゃないかと言われるが、確かにその通り、開発費は安い。しかしながら、携帯ゲーム機のソフトは、販売価格も安いのである。
よほどの人気タイトルでもない限り、据置き機同様、6800円という価格をつけることはできない。
せいぜい5800円、通常4800円という価格設定に落ち着けることになるのだ。

そうなるとメーカーが得るソフト1本あたりの利益は据置き機向けタイトルと比べ減少することになる。
その場合、ソフトメーカーは、1年当たりの発売タイトル数を増やすという戦略を取るのだが、この戦略がかなりの曲者なのである。始めに言っておくと、この戦略自体は間違っていない。
ここ1~2年のような不安定な市場環境下において、ある程度発売タイトル数を増やすことは、企業収益を確保する上で効果的であるし当然の経営判断と言える。

しかし、「ある程度」というのが非常に重要なキーワードであることも忘れてはならない。
普段から多くのタイトルを発売している大規模メーカーでもないのに目に見えて発売タイトルが増え続けた場合、大多数のユーザーが感じるのは「粗製濫発」である。実際に「粗製」でなくともユーザーにそのように感じられてしまうと、あとはジリ貧である。

大企業に吸収されるか、そのまま倒産するかという二者択一を迫られることになる。
実は、これによる中小企業の淘汰は既にある程度まで進んでおり、10年前と比べてソフトメーカーと呼ばれる企業がかなり減少していることは事実だ。

更に、そのような状況に「次世代ゲーム機の発売」が追い討ちをかける。
次世代ゲーム機向けのソフト開発は、開発費が格段に上がる上、まだこの時期はハードウェアが世の中に出回っておらず、販売本数も確保できない。

まさに中小ソフトメーカーにとっては、舵取りの難しい局面と言える。

今後、更に再編が進み、個人的にゲームソフト市場は自動車産業のようにごく少数の大規模メーカーによる寡占市場になっていくのではないかと考えている。

(2006/12/03)tank

PLAYSTATION 3(20GB)

Wii

Xbox 360(通常版)

コラム「どうなる?今後のゲーム業界!その3」

3番目の再編は、ワールドワイドでの市場シェアの再編だ。

これは既に完了してしまったと言った方が良いかもしれないが、ゲームの世界市場を見た場合、かつてのシェアは大きい順から「日本」>「アメリカ」>「ヨーロッパ」であった。
そのため、ソフトメーカーのスタンダードなビジネスモデルは、日本向けに作られたタイトルを英語に翻訳し、アメリカ、ヨーロッパに輸出するというものだった。
しかしながら、現在は既に「アメリカ」>「ヨーロッパ」>「日本」という図式になっている。

更にそのような状況からソフトメーカーのビジネスモデルも様変わりしつつある。
もともと日本向けに作られたゲームソフトの続編であっても、まずアメリカ市場で売れることが前提で作られる場合が増えてきた。

よく前作と雰囲気がガラリと変わった続編タイトルを目にし、「なんで、こんな作りにしてしまったのだろう?」と首を傾げることがあるが、その場合は、アメリカでの売上確保を前提としている可能性が高い。
今やゲームビジネスの中心は日本ではなく、アメリカに移行していることは間違いない。

とこれまで、ゲーム業界の再編を語ってきたが、日本のゲーム業界が先行き暗いと言っているワケではない。
確かに日本のゲーム業界の市場規模は年々減少し、販売本数100万本を越える大ヒット作は減少しているが、それは、次世代機への移行という時期的な問題とユーザーニーズの変化という事象が大きく影響しているためだ。

次世代ゲーム機の動向いかんによっては、更に大きく市場が変化する可能性が高い。
また、日本のゲームメーカーのブランド力は世界的に見てもまだまだトップクラスである。
業界内での再編は進むであろうが、今後もゲーム業界がある程度の市場規模を持ったビジネスであり続けることは疑いようもない。

10年後、ゲーム業界がどのようになっているか非常に楽しみだ。

(2006/12/14)tank

PLAYSTATION 3(20GB)

Wii

Xbox 360(通常版)

コラム「ブログの終わる日」

私は何か漠然と調べ物をするときに検索エンジンでブログ(らしきサイト)がヒットした場合、基本的に無視することにしている。
情報がすぐに取り出せないない上、さんざん長い文章を読んだあげく分かったことは1つか2つというお粗末な結果になるからだ。

本来、ブログというウェブツールは、日記や評論など文字通り「ウェブログ」を作成し公開するのに適したツールであって、沢山の情報や詳細なデータなどを公開するのには全く向いていない。

よくアフィリエイト広告のみで構成されたまるで何かのカタログのようなブログを目にするが、正直、使いにくいことこの上ない。

カタログが見たいなら、メーカーのホームページか通販サイトを見れば紹介されている商品の数も豊富でデータも詳しい。
わざわざ見つけにくいブログのリンクを辿って目的のものを探すよりも効率的だ。

ただ、特定の商品の内容を細かく知りたい場合、ブログは非常に重宝する。
映画のDVDなどは、そのあらすじなどが書かれている場合が多いからだ。
文章を読むのに適している「ブログ」は、あらすじや感想、論評を書くのに優れている。

ただ、ここ最近、アフィリエイト広告をただ闇雲に貼り付け、ほとんど文章の無い「ブログ」であって「ブログ」でないものがかなり増えつつあり、
そのうち閲覧する人間が「ブログ」に拒否感を感じるようにならないか懸念している。

結局のところブログであろうとなかろうと閲覧者がいなければ公開する意味は無いのだから。

(2007/02/22)tank

コラム「給食費を払わない親」

給食費を払わない親というのがいるらしい。
なんと情け無いことか・・・。

しかも聞く所によると、その家庭では特に収入が少ないわけでもないそうだ。
プラズマテレビを買ったからとか車を購入したからとかそういった理由で払えないと言われるらしい。

「いい大人が何を言っているのか?」と首を傾げたくなる。
自分の家計もろくに計画的に運用できない人間が家庭を作るんじゃないと言いたい。結婚などするな、子供など作るなと。

更に驚くことには、「まずい給食に金を払う必要は無い。」「金を取るならおいしいものを食べさせろ。」などと言い放つ親もいるらしい。

「バカか?」と言いたい。
それなら毎朝早起きして作った弁当を持たせればよいではないか。

このように言うと、「学校は給食で統一しているから」とか「一人だけ弁当だといじめられる」などと責任転嫁をし始める。
給食費を払っていないということが生徒の間で広まれば、それこそいじめの原因になることには目をつぶって、である。

子育ての基本は食事なのだ。
それをないがしろにして自分たちの欲しいものを買うという幼稚な親のなんと多いことかと嘆かわしくなる。

このような親たちは自分たちが学校に給食をめぐんでもらっているということを理解しているのだろうか?
学校が生徒に給食を食べさせなくてはならないという義務は無いのだ。

最近、こういった自分の考えを押し付け、周りのルールは受け入れないという自分勝手な親が増えてきた。

しかし、これは一概にこの親たちだけの責任とは言い切れない。
なぜならそのような教育を受けて育ってしまった人たちだからだ。

戦後教育からしばらくして、アイデンティティ(個人主義)を重視する教育方針がアメリカから導入された。

これは本来、個人個人の秀でた能力を潰さないように育てようという内容のものだったのだが、実際の教育現場(家庭や学校)では、皆で同じことをするのは全て悪であり、ルールに従うのも悪、一人一人がやりたいことをするのが善という内容のものにすりかえられてしまった。ワガママ人間製造工場と化してしまったのである。

今現在、その教育を受けた人々が大人になり結婚や就職などで社会に出てきたことで、次から次へとこのような問題が発生しているのだ。彼らは教育の迷走に巻き込まれた可哀そうな被害者と言えなくも無い。

しかしながら、このような恥知らずな親に育てられた子供たちが将来、どのような人間に成長するのか?

考えるだけで恐ろしい。

(2007/05/15)tank

2007年06月18日

コラム「恥を忘れた親たち」

実は先日、私は子供の遠足に同行した。

保育園が主催する親子遠足だったのだが、私は2歳になる自分の子供とともに参加したのだ。全体では約40家族が参加していた。

私たち家族は父親である私のみが同行したのだが、母親が同行している家族や私と同じく父親が同行している家族、休日ということもあってか両親ともに参加している家族など実に様々だ。

保育園から出発したバスに揺られること30分。緑いっぱいのナントカ公園に到着した。
そこは様々な植物が植えてありつつもアスレチックの遊具が点々と設置してある広大な公園だった。

さて、バスを降りたところで皆が集まり保育士の方から各説明と今日のスケジュールを聞いたのだが、まず驚いた。

5~6人の5歳くらいの子供たちが説明している保育士の方々のまさに傍らににある石垣に登って遊んでいるのである。子供の頃から「先生の話はじっとして聞け。」と教育されてきた私は少々とまどった。

しかも、そのことを保育士の方々もその子たちの親も特に気にもしていないようだ。ふと周りを見ると大勢の父兄の方々の中に、じっとしていられずもがく子供たちを必死で押さえつけている何組かのご両親のほほえましい姿が目に入った。

なるほど、確かに私が子供の頃にもああいったある種「自由奔放」な家庭もあったような気がする。こういった場では保育士の方たちも親をさしおいて子供に注意するのは気が引けるだろう。

私はある意味納得して、暴れる我が子を押さえつけつつ保育士の方の説明に再び耳を傾けた。

説明後、広場に移動し、実に様々なことを行った。写真撮影に体操、ダンスや遊戯など、私も久々に体を動かしつつ子供とともに楽しい時間を過ごした。

さて、数時間後、保育士の方が地面に大きなブルーシートを敷き始めた。「なんだろ?」と思いつつ眺めていたところ、園長先生が説明を始めた。

「さて、そろそろ昼食のお時間です。皆様にはこちらのブルーシートの上でお弁当を召し上がっていただいて・・・。」と説明を続けようとした時である。

ドドドドドド!

40家族が一気に動き始めた。そう、「場所取り」である。

私は唖然とした。園長先生の話も聞かず、ただひたすらブルーシートの日陰のスペースを狙って皆必死の場所取り。

私もつい釣られて動きそうになったのを「ちょっと待て」の心の叫びで思いとどまった。
ふと周りを見ると私を含めた3~4家族のみがじっと動かず園長先生の説明を聞いている。良かった私は間違っていなかった。しかしともすれば、説明を聞いている人たちの方が非常識であるかのように錯覚してしまう状況だ。

園長先生はそのような状況の中、何事も無いかのように説明を続けている。しかしほとんど誰も聞いていない。皆、場所取りに必死。

私は「こりゃダメだ」と思った。親たちがこんな状態で、子供の躾などできるはずがない。「子供は親の背中を見て育つ」と言うが、親が先生の言うことをじっと聞くことができないのに、どうしてその子供にそれができよう。

学校で「先生の言うことは黙って聞け」などと諭しても聞くわけがない。授業中席に座っていられない子供たちが急増しているらしいが当たり前である。

そもそも説明をしてくれている園長先生に失礼ではないか。もう「相手に失礼だ」と感じるモラルも崩壊してしまったのだろうか。

私はこのようないわゆる「恥知らずな親」は全体の一部で増えているのだと思っていたのだが、どうやらそれは大きな間違いだったようだ。なにせ40家族中の90%以上が「場所取り」に殺到しているのだ。

そして、私は先ほど場所取りに動く親たちを目にして、一瞬釣られかけた。それは、話をじっとして聞くという行動をとっていた家族が極少数だったからだ。
だから説明をしている園長先生を放っておいて場所取りをするのが当たり前の行動のように錯覚したのである。恐らくこのようなことは今後も多々あるに違いないと思う。そしてその度に自分のモラルの声を聞かなくてはならない。

このような急速にモラルが失われていく社会で、自分の子供に礼儀や分別を教えながら子育てをするのならば、親は強烈なモラルを持っていなくてはならない。少々のモラルでは流されてしまう。大変な世の中になってしまったものだ。

「子供はやっぱり私立かな」と久々に親らしい考えが頭をよぎった。

(2007/06/18)tank

          

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